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福岡地方裁判所 昭和38年(ワ)872号 判決

原告 国

指定代理人 高橋正 外一名

被告 株式会社金門製作所

主文

被告は、原告に対し、金九一万九、五〇〇円およびこれに対する昭和三五年一二月一四日から支払ずみに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

原告のその余の請求を棄却する。

訴訟費用は被告の負担とする。

事  実 〈省略〉

理由

一、 被告福岡支店の従業員である訴外鶴田晃二が、昭和三五年四月一一日午後八時頃、被告の業務に従事し、被告所有の第一種原動機付自転車(福岡市第二、七八七号)を運転して、飯塚市方面より福岡市方面に向け時速四〇粁の速度で進行中、福岡県粕屋郡篠栗町尾仲国道上において、対向して来る自動車と離合しようとじた際、進路前方に対して厳重な注視をすることを怠り、進路の前方に進行車等があるか否かを確認することなく漫然と進行したため、折柄右鶴田と同一方向に向つて道路左側を自転車に乗つて進行中の訴外世利重次郎(当時五二年)に気づかず、離合直後約六米の近距離に至つてはじめて右自転車を発見し、急制動の措置をとつたが時すでに遅く、自己の原動機付自転車前部を右自転車後部車輪に後方より追突させて右世利重次郎を路上に転倒させ、同人をして頭蓋底骨骨折のため即死するに至らせたこと、以上の事実は本件当事者間に争いがない。

しかして、右事実によれば右鶴田晃二は、原動機付自転車の運転手として前示のような状況で対向して進行して来る自動車と離合する際については右自動車のみならず自己の進路前方に対する注視を厳にして離合後の事故を未然に防止すべき注意義務を負つていたところ、これを怠つた過失によつて、前記世利重次郎を死亡させるに至つたものといわなければならない。

二、次に、いずれもその成立について争いのない甲第八号証、第一二号証および証人志村丑郎の証言を総合すれば、前記世利重次郎は、死亡当時、福岡県志免郵便局勤務の外務員であつて、一日平均一、一三三円の給与を得ていたものであり、通常の健康体を有する年令五二年の成年男子であつたことが認められ、右に反する証拠はない。しかして、原告主張の生命表によれば、右世利重次郎の将来の生存年数は、二〇・八三年であると考えられるところ、このことと、前認定の事実とをあわせ考えれば、同人は少くとも当時から後九・九年間(これが年令五二年の成年男子の平均残存就労可能年数であることについては、当事者間に争いがない。)は前認定の程度の収入を得ることができたものとするのが相当であるが、右の程度をこえる収入をあげうべきものとは、にわかに断定できないものといわなければならない。ところで、一方、原告主張の資料と前認定の事実をあわせ考えると、右世利重次郎の要すべき必要生活費は、原告主張の一か月金七、九三〇円をこえないものとみるのが相当である。

以上判示した事実により、右世利重次郎が前記給与を毎月一回ずつ支払いを受けるものとし、中間利息を年五分として、ホフマン式計算法により同人の得べかりし利益を死亡当時の一時払の金額にすれば次の数式の示すとおり、約金二五五万円となる。

(1,133円×365/12-7,930円)×96.14515218 ≒ 255万円

(9.9年 ≒ 119月、その法定利息控除のための係数)

そして、右金額は、世利重次郎が前記鶴田晃二の不法行為により受けた損害の額というべきものであるが、前記一に示した事実によれば、右は鶴田晃二が被告の被用者としてその職務を行うについて世利重次郎に与えたものとするのが相当であるから、同人は、民法第七一五条により使用者である被告に対し、右金額の損害賠償請求権を取得したものというべきである。

三、この点に関し、被告は、世利重次郎が夜間無灯火の自転車を運行していたことをとらえて同人の過失であるとし、これを損害賠償額の算定にあたつて考慮すべき旨を主張し、成立に争いのない乙第二号証、世利重次郎の乗つていた自転車を事故後撮影した写真であることに争いのない乙第三号証の一ないし三、および、証人鶴田晃二の証言によれば、前記事故当時世利重次郎の乗つていた自転車には前照灯も後部の反射板もついていなかつたことがうかがわれるが、かりにそうだとしても、右証言によれば、前記事故の直前に、対向自動車は時速約六〇粁、鶴田晃二の原動機付自転車は時速約四〇粁、世利重次郎の自転車は時速約一〇粁でそれぞれ進行していたことが認められるので、これに前示事故の状況をあわせ考えれば、離合する五秒前には、対向自動車と鶴田晃二との距離は約一四〇米、鶴田晃二と世利重次郎との距離は(離合時約六米離れているとして)約四七米という位置関係にあり、事故現場附近にとくに照明がなくとも、対向自動車のライトによる照明によつて、鶴田晃二は世利重次郎の自転車の存在を認めることはさして困難ではなかつたことは明らかである。しかるに、鶴田晃二は、前示のとおり世和重次郎の自転車に気がつかずに進行して前記事故を惹起したのであるから、かりに、鶴田証人の証言にあるとおり、前照灯または反射板があれば前示状況のもとでもある程度早く自転車の存在を発見しうるとしても、前記事故の直前における鶴田晃二が前照灯ないしは反射板により自転車の存在を発見し、そのために前記事故を避けえたであろうとは、にわかに考えられないのである。以上要するに、右無灯火の事実は、これが前記事故の発生に因果関係を有するものとは認められないというべきものであるから、これを損害賠償の額を定めるについて考慮することは相当でないといわなければならず、したがつて、被告の右主張は採用できないのである。

四、なお、被告は、その被用者である鶴田晃二の選任、監督について充分な注意をしたので、被告には損害賠償の責任がない旨主張するが、右選任、監督の点については、これを認むべき何らの証拠もないから、右主張は採用できない。

五、しかして、訴外世利シズ子が相続により世利重次郎の権利義務の三分の一を承継したことは本件当事者間に争いがないから、世利シズ子は、相続により前記金額の三分の一に当る金八五万円の損害賠償請求権を被告に対し取得したものというべきであり、また、いずれもその成立について争いのない甲第五ないし第七号証によれば、右世利シズ子は、前記世利重次郎の妻として、前記不法行為により、治療費金一、五二〇円および葬祭費金六万七、九八〇円の支出を余儀なくされたことが認められ、右認定に反する証拠はないから、前記二に記載したと同様の理由で、民法第七一五条により被告に対し、右金額相当の損害賠償請求権を取得したものとすべきである。

六、次に、いずれもその成立について争いのない甲第二ないし第七号証、第九ないし第一一号証、第一三ないし第一八号証、第一九号証の一二、および、証人志村丑郎、同出川トリの各証言を総合すれば、世利重次郎は、志免郵便局の外務員として、適法な時間外勤務を命ぜられて貯金勧誘のため篠栗町所在の出川トリ方に赴いた後、志免郵便局に帰る途中で前記事故にあつたものと認められ、右認定を左右するに足る証拠はないので、前記事故は世利重次郎にとつて公務上の災害であるとみるのが相当である。しかして、右甲第五ないし第七号証、第九ないし第一一号証によれば(原告国が、同人の死亡に関し、国家公務員災害補償法第一〇条、第一五条、第一八条に基き、昭和三五年、一二月一三日、同人の妻世利シズ子に対し、療養補償費金一、五二〇円、遺族補償費金一一三万三、〇〇〇円、葬祭補償費金六万七、九八〇円、合計金一二〇万二、五〇〇円を支給したことが認められ、これに反する証拠はない。

七、以上の事実によれば、原告は、右金一二〇万二、五〇〇円の支給により、国家公務員災害補償法第六条第一項に基き、前記世利シズ子が被告に対して有していた前記五に認定の合計金九一万九、五〇〇円の損害賠償請求権を取得したものというべきであり、被告は、原告に対し、右金員およびこれに対する右請求権取得の後である昭和三五年一二月一四日から支払ずみに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を支払うべき義務を負うに至つたものといわなければならない、

八、そこで、被告主張の消滅時効の抗弁について考えることとする。

(一)  原告は、その取得した前記事故による損害賠償請求権に基いて本訴請求をしているものであるところ、右損害賠償請求権が、時効中断の事由のないかぎり、前記事故後三年間の経過により時効消滅すべきことは、被告主張のとおりである。

(二)  ところで、原告は、再抗弁として、原告が昭和三六年一月三〇日に納入告知書を被告に送付したことにより時効は中断されたとの旨を主張し、被告は、昭和三八年一二月四日の口頭弁論期日において右納入告知書が原告主張の頃被告に到達したことを自白したが、後に、右自白が真実に反し錯誤に基くものであるとしてこれを撤回し、右送付の事実を否認したので、まず、右自白の撤回が許されるかどうかの点について判断する。

た事実を認めるべき証拠は何もないのである。

いずれもその成立に争いのない甲第二〇号証の一、二、第二二号証、第二三号証の一、二、乙第一号証、および弁論の全趣旨によれば、原告の機関である熊本郵政局長は、昭和三六年一月三〇日、乙第一号証の納入告知書を、被告福岡支店に宛てて送付し、右納入告知書は、その頃、同支店長江田恒治のもとに到達したが、右納入告知書は、納人を江田恒治(恒浩と誤記してある。)とし、金一二〇万二、五〇〇円を公務災害補償費賠償金として昭和三六年二月一〇日限り志免郵便局に納付すべきことの記載がなされていたこと、そして、被告福岡支店長江田恒治は、右納入告知書の納人が江田恒治個人名義となつてはいたが、前記のとおりの記載から、これが被告に対する前記事故による損害賠償請求権に基く納入告知書であることについて何らの疑いを持つことなく、同年二月一四日、熊本郵政局長あてに内容証明郵便で損害賠償請求権の発生原因に関する被害者と加害者の過失の有無および賠償額算定の根拠等を問い合わせ、その後右賠償金納入の督促に対しても、被害者の災害が公務上のものとは認められない旨および賠償額算定の基準が不当である旨の内容証明郵便を送付する等の接衝をしたことが認められ、右認定に反する証拠はないのであるが、右接衝の間において、被告側から前記納入告知書が江田恒治個人を納人としていることについて何らかの主張をした事実を認めるべき証拠は何もないのである。

右に判示したところによれば、右納入告知書は、その納人の記載が被告福岡支店長という肩書を欠き、支店長である江田恒治の個人名義とはなつていても、他の記載とあわせて考えれば、関係者の間においては、それが被告に対する納入告知書であることついて何ら疑を容れる余地のないものであつたとみるのが相当であるから、右の程度の瑕疵(肩書の脱落)はあつても、右納入告知書は被告に対する納入告知書として、これに会計法第三二条に基く時効中断の効力を認めるべきものとするのが相当である。してみれば、被告の前記自白は真実に反するものとはいえず、その撤回は許されないものといわなければならないから、被告に対し、原告主張のとおり納入告知書が到達したことは当事者間に争いがないこととなる。

しかして、右争いのない事実によれば、原告の有する損害賠償請求権の消滅時効は、時効完成前であることの明らかな昭和三六年一月三〇日の納入告知により中断されたものといわなければならないところ、本訴請求が同日より三年間を経過する以前に提起されたものであることは記録上明らかであるから、被告の消滅時効の抗弁は採用できない。

(三)  なお、被告は、再々抗弁として、右納入告知が被告に対するものであるとしても、右納入告知がなされる以前に、原告が被告につき損害額の確定に関して何らの調査、照会をもしなかつたから、右納入告知は違法であつて、時効中断の効力を有しないと主張するが、納入告知をするに当り納入者について調査をしなかつたことのみをもつて、右納入告知を違法とすることのできないことはいうまでもないのであつて、前記甲第二、三号証、第五号証および弁論の全趣旨によれば、原告は、右納入告知をするについては、熊本郵政局職員その他により、必要事項について充分調査をしていることが認められるから、必要な調査を欠いているとの理由により右納入告知が違法であつて時効中断の効力がないとすることはできず、したがつて、被告の右再々抗弁は採用できない。

九、以上判示したところによれば、原告の本訴請求は前記七に記載した金額の支払を求める限度で理由がありその余は失当であるから、右理由のある限度でこれを認容し、その余を棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九二条但書を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 楠賢二)

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